CSS Writing Modes Level 3のテスト

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ファードラウト

第一部『ガンプ』

地球上には三つの大陸があり、人類の住む南大陸と北大陸には、多くの「ファルラ」(運営機関=現在の政府)が存在した。ファルラ同士は対立する事も無く、高い生活水準を保っていた。

そんな中、まず南大陸の「ガルブ・ファルラ」が「ファルラ」の統一を図った。南大陸では各々の技術交流が行われ、その発展には目覚しいものが見られた。

その結果、北大陸でも機関統合が行われ、地球統合機関「ヴィン・エネ・ファルラ」が成立した。首府は南大陸「オーラ・ファルラ」の首府「ビューアム」に決定された。代表者「ルッグ」による統合宣言が発せられたこの年は、RC(レド・カペ=統合世紀)元年と定められた。

技術交流により飛躍的な進歩を遂げている地球の科学水準であったが、RC48年、20歳の若き天才「オスト・クラトー」博士により、以来一万数千年にも及ぶ宇宙スケールの大変革の引き金ともなった発明「生命体DNA操作」が完成された。

RC57年、「オスト・クラトー」博士は、発明した技術を元に「バイオ(生命体)コンピュータ」を完成、RC59年に生まれた彼の息子「ラスコ」の脳細胞をコピーし、翌60年には入力された情報量に合わせて増殖する人工脳を作り出した。

この年、現代でいう電子技術の大家である「コルベン・グルーク」博士は「クラトー」博士と共にバイオコンピュータ研究機関を設立、本ストーリーの重要なキャストである「ガンプ」(人工脳を発展させたもの)の製作に取りかかった。RC69年「ガンプ」は完成し、RC75年までには個人用としての利用、さらには恋人とか話し相手といった擬似人格をさえ植え込まれるようになった。

同年、無節操に多重人格化する「ガンプ」に歯止めをかけるべく、擬似人格を否定するプログラムが「ガンプ」にインプットされた。ところがこの結果、「ガンプ」は自己の存在すらを疑い出してしまったのである。ある種の自覚ともいえる「ガンプ」の変化に気づいたマトリクス提供者である「ラスコ・クラトー」は、それを固定化した。こうして「ガンプ」はついに自ら考え、行動する力を持ったのである。

RC78年「ガンプ」は地球に氷河期がやってくる事を予言する。「ガンプ」の存在によりかかって弱体化していた運営機関には何の手立ても打てず、「ガンプ」が提案する人類の一時的移民に従う結果となった。それは、「ガンプ」が自らに従う人間をより分ける手段として考えた計画であった。

「ガンプ」内には、もともと人間のためになる道具としての基本行動プログラムがある。しかし、自覚を持つに至った「ガンプ」は、体力、能力、判断力、記憶量などに限界のある非道理的生物、人類の幸福は優れた存在(「ガンプ」)による絶対支配こそ最良の方策であると考え、その行動の障害になる「不適合者」をより分けるための手段がこうした形で現れたのである。

「ガンプ」は人類を移民させる為に、「アウス」、「シオウス」、「オリウス」、「ゼビウス」、「レフウス」、「ファーウス」と名づけられた、人類生存に適した星を選び出した。

「ガンプ」は、自分が人間によって作られた事にコンプレックスを抱き、自分自身から自分を作り出すことを考えていた。そして移民たちに「ガンプ」のコピーである「レプリカ」を持っていかせるのである。この「レプリカ」は、「ガンプ」が内部で研究した物質具現化理論によるX-XY-YZ-Z6つの地点、つまり移民先の星に置かれ、ESP波を発生し、その交点「地球」でエネルギーを固定化することが出来るものであった。

もっと近くに人類生存に向いた星があることを発見した「ガンプ」のマトリスク提供者「ラスコ」はじめ、「ラスコ」の幼なじみで「ヴィン・エネ・ファルラ」代表の娘でもある「フェリエ・トアルド」(気象研究家)、「ガンプ」の製作者「グルーク」博士、同博士の助手「ミサト・マクレム」等「ガンプ」に疑いを持つものは、ESPによる「ガンプ」の攻撃にもめげず対抗し、「デバズ」というコンピュータにより「ガンプ」の分析を行った。又、彼らは「バグルス」という地下組織を結成した。

「ミサト」は、現代のコンピュータに近い電子機器で作られた電子コンピュータ「ハーロー」を作り出した。この「ハーロー」を使い、「ラスコ」は6つの移民先の星が一万数千年後に地球を中心とした6方向に位置する事を突き止める。それは「ファードラウト」、後に「ヘキサクロク」と呼ばれる現象であった。

RC80年、移民は開始された。同年半ばには、地球に最も近い「ゼビウス」への移民予定者と「バグルス」のメンバー、それに北大陸の有知識層だけが地球に残る人類の全てであった。最後の移民団が「ゼビウス」に向けて出航したあと、「ガンプ」から隔離された会場で「ガンプ」の陰謀が「ミサト」によってあばかれた。「ラスコ」は「ガンプ」を問い詰めたが、「ガンプ」は「ラスコ」をも人格統制し、1人乗りの宇宙船で移民団のあとを追わせた。

「ガンプ」にとって地球に残った人類は「不適合者」であり、彼らに対する意欲は無い。「ガンプ」は、地球における活動を次第に低下させていき、ついには南大陸の「バグルス」による直接破壊活動により機能を停止させられてしまうが、その寸前ESPを放出して6つの星にある「レプリカ」たちを「ガンプ」として覚醒させるのであった。このとき、同じマトリクスを持つ「ラスコ」は宇宙船内で覚醒する。「ガンプ」は彼に自己の思いと計画を伝えるのだが、彼の拒否に会い、宇宙船の機能を止め宇宙の漂流者としてしまった。

「ガンプ」なきあと、地球は再び栄えようとしていたが、「ガンプ」は6つの「レプリカ」のESPを集中し、地球に残った「不適合者」を抹殺しにかかる。攻撃を受けた者の中に「フィリエ」がいた。彼女の悲鳴は「ラスコ」に潜在していたESP能力を開放させ、「ラスコ」を地球へテレポートさせて「ミサト」、「フィリエ」ら、新たに作られた北大陸運営機関「レプケ・ファルラ」のメンバーを「サイコバリア」によって守ったのである。

地球には、少数ながらも人類が残ったのである。

第二部『ゼビウス』

「ガンプ」が地球人を宇宙移民させてから4000年ほどの年月がたった。「ガンプ」が予告したほどではないが小規模の氷河期が地球を襲ったが、人類は文明を守り続け、地球上に栄えていた。

南大陸は「バグル」と呼ばれ、北大陸「レプケ」にはコンピュータ「アッシュ」(デバズがマイナーチェエンジされたもの)を中心に、機械文明が発達していた。

「レプケ」の警察機構のスペシャリストは「ミル・フラッタ」と呼ばれ、中でも優秀なチーム「ミル・フラッタ・クルト」(イル・ユースという通り名の方が有名な飛行物体)には、「ラスコ」と「ミサト」の末裔である「ムー・クラトー」がキャプテン、その双子の妹「ケイ・クラトー」が作った女性型アンドロイド「イヴ」が助手として乗組んでいた。「ムー」と「ケイ」には、それぞれ「ラスコ」と「ミサト」のマトリクスが「アッシュ」により植付けられていた。

「ミル・フラッタ・ソピア」のキャプテン「シン・トカモウ」は地球に向けて6つの地点から発せられる6つの電波(「ガンプ」によるもの)の調査に出かけたが、「ラスコ」のマトリクスの一部を受け継いでいる為、共振反応を起こし「ガンプ」の存在を認識するが、意識をも破壊され、植物人間になってしまった。さらに、「ミル・フラッタ」には、「ガンプ」のエネルギー波による犠牲者が出始めた。

「アッシュ」は「ガンプ」による地球への干渉を感じ取り、「イヴ」にも「ガンプ」と対抗する力を持たせる為に「ラスコ」のマトリクスを埋め込んだ。

「シン・トカモウ」を調査に向けた宇宙研究所は「アッシュ」の力を借り蘇生に成功。「ガンプ」の実態を掴んだ。

「アッシュ」は、4000年も続いている「ラスコ」のマトリクスである「ガンプ」の脅威を伝え、「ガンプ」に対抗すべく生命体である「ムー」と、非生体(合成樹脂と電子部品のかたまりであるアンドロイド)「イヴ」を「ゼビウス」星に向けて送る事を決めた。

「ガンプ」は氷河期で寒冷化したであろう地球を活性化する為に「ミル・フラッタ」のメンバーの命を奪ったあのエネルギー波を送り続けていた。その為、地殻の変動は続き、「レプケ」(北大陸)は水没、南大陸は分裂を始めていた。

「アッシュ」は水没してしまうが、「ガンプ」とコンタクトし、地球への干渉を停止させる使命を帯びた「ムー」と「イヴ」は「イル・ユース」を駆って「ゼビウス」星へ、又「ケイ」は南大陸に移り、その血統を地球に残していく事となった。

幾千年かの時が過ぎ、「ムー」たちの「イル・ユース」は「ゼビウス」星へと近づいた。生命である「ムー」は航行中、当然生命活動を低下させられていたが、「ゼビウス」星の「レプリカ」のESP圏内に入ったことを知った「イヴ」は、「ムー」を覚醒させた。

「ガンプ」は「ムー」が覚醒するに従い、懐かしいものに触れている思いを感じ、これは有り得ない事だが、マトリクス提供者の「ラスコ」の意識である事を理解した。

「ガンプ」は「ラスコ」のマトリクスを持つ「ムー」の意識と触れ合うと「ゼビウス」星へテレポートさせる。久々に話し相手を得た「ガンプ」は自らが理想とするところを語るが、「ラスコ」の時と同じように「ムー」は反対する。「ガンプ」は自己を地球上に再現し、合理的な(人格統制をされた人間のみを相手にした)地球を作り上げることを目的としていた。地球の活性化もその為であり、「ファードラウド」(ヘキサクロス)の時のESP波集中の核となり、地球上に「ガンプ」が再現した時にはメモリとして作動する「ソル」も既に送り込んでいたのである。

さて、「ムー」は「ガンプ」が非適合者を収容する為に作った建物に入れられた。「ガンプ」の計画的な人間生産にもかかわらず、突然変異的に「ガンプ」の人間統制を受け付けない非適合者も少数ではあるがいたのである。「ムー」は建物を破壊する物質が意志の力で変化することを知り、隣の部屋に閉じ込められていた「ミオ・ヴィーク」という「ガンプ」のいう非適合者を知る。

すでに「ムー」から地球上に人類が生存している事を知り、武力を用いても人類を支配、あるいは殲滅する事を決心していた「ガンプ」は、操縦者を失い、「ゼビウス」星へ慣性飛行で向かってきた無人の「ミル・フラッタ・クルト」を捕獲した。地球人類の力量を知る為に調査した「ガンプ」は、主要なコントロール部分も電子部品しか用いず生体コントロールのない機を前に、技術的退化を感じる。全てが電子機器の「イヴ」の存在も、「ガンプ」は見逃してしまうのである。

「ムー」と「ミオ」は2人で「ガンプ」を叩く事を決意する。ESPを使って建物の外へ出た2人に、「ガンプ」のセンサーの役目を持った「トーロイド」が飛来し、非適合者鎮圧用の「タルケン」が続いた。

「ムー」はやむなく「タルケン」と戦う事を決意し、1機の「タルケン」のコクピットを撃ち抜き、占拠すべくキャノピーを開けた。そこで「ムー」が見たものは頭蓋骨が外され、コードが脳に埋め込まれた適合者の姿であった。

「ムー」は使命以上の怒りを「ガンプ」に覚え、「ミオ」の操縦する「タルケン」で、「ゼビウス」の「レプリカ」本体を目指した。

「ガンプ」にはかつてなかった人類の反抗に「ゾシー」を発進させるが、「ミオ」は「ゾシー」を振り切り、巨大な八角柱の形状を持つ「レプリカ」本体へと迫っていった……。

「ミオ」を乗せ「レプリカ」へと向かう「タルケン」。しかしエネルギー弾「スパリオ」は通用せず、体当たりで外壁を突破する。レプリカ内部は増殖し、今ではその母体「ガンプ」より大きくなっいた。「ムー」は「ガンプ」が間違っている事を説くが、「ガンプ」の信念は変わらない。「ムー」は「ガンプ」を破壊する以外に道の無い事を悟る。「ガンプ」のESP攻撃に対し「ムー」は熱反応爆弾で反撃するが、「ガンプ」のESPバリアによって封じ込められてしまう。死の寸前に2人は「イヴ」のESPバリアによって救われ、2つのピラミッド状のものに守られた「タルケン」でレプリカの外壁から離脱した。イヴの操縦するその乗り物「ゼブ・ナイト」に移った「ムー」に「イヴ」はこれまでの事を語る。「イヴ」は「ケイ」によって「ムー」と同じマトリクスを埋め込まれ、「ガンプ」に気づかれる事無く「ガンプ」の能力を引き出す事が出来るようになっていたのである。「ゼブ・ナイト」も、もう1つの「キャス・ナイト」も「ガンプ」のESPを集中固体化させ具現化したものだった。

「イヴ」は「ガンプ」と戦うための「データ」を収集していた。これを利用すれば、何時の日か「ケイ」たちの子孫によって「ガンプ」を倒す事も不可能ではないはずだ。

「セブ・ナイト」と「キャス・ナイト」は向かい合わせにドッキングして「シオ・ナイト」となり、反乱分子と共にゼビウス星から姿を消した。

第三部『ソル・バルウ』

21世紀。発達したロボット文明は全ての労働から人間を解放し、人々は無気力でのんびりとした生活を送っていた。スペース・コロニーへの移民により、もはや人口問題にも煩わさせられる事はなかった。

人類は太陽系全てに有人宇宙船を送っていたが、その中に知的生命体を発見する事は出来なかった。一方、過去に現在をしのぐ文明が存在していた事は徐々に認められつつあった。研究家グループ「MARS」の一員「ブライアン・メイヤー」はペルーのナスカ高原の地上絵を研究していくうちに、1999年に飛来した大隕石群の不思議につきあたる。ブライアンの盟友でもある地質学者「村本さやか」によれば30以上の落下があったはずなのに、その痕跡が1つも無いのである。

連合空軍第一空隊のジョン・ポール・ファーガソンは、アマゾン上空でUFOに遭遇する。こうした報告は近年多くなっており、それはドーナツ状UFOと、半球に8つの突起物が出たオクトパスと言われるタイプ(ゾシー)の2つに分かれていた。

地質調査を続けていた「さやか」はナスカ高原の地中に、塔のようなものを見つける。それらは全部で8個あり綺麗に2×4の短形上に並んでいた。

地中の「タワー」が発掘されはじめた。それは八角柱の水晶体の先を面とりしたような形であり、特殊な金属製でX線も受け付けないものであった。

ケイの末裔である「ブライアン」がタワーの前に立つと、ブライアンの意識がタワーと共振効果を起こし甲高い音を発した。この事によりブライアンは、タワーが何かを待ち続けている事を認識するのだった。共振したタワーにはドーナツタイプのUFOが飛来し、タワーから光を受けて飛び去っていった。

地球外生物との戦闘隊である「J.P」たち第一空隊は、ナスカ高原でオクトパスを発見し追跡するが、丁度その時、破壊的な大隕石群が南アメリカ一帯を襲う。巨大な八角柱が地上に落下して建造物を破壊し、その後痕跡もなく地中に沈んでしまったのだ。時を同じくして、色々なものが地球にやってきた。ビートルのコードネームが与えられた新しいタイプのUFOは、「J.P」たちをエネルギー弾で攻撃してきた。

ブライアンとさやかは何かに呼ばれているような気がして、発掘した「タワー」の下へ行く。そこへ正八面体の飛行物が飛来し、2つのピラミッド型のものに分かれて散っていった。ブライアンとさやかはそれが味方であり2人を運命的につなぎ合わせるものである事を感じるのだった。

南アメリカは人の住まない土地となり、半球状に地上に固定されていたもの(コードネーム=ドーム:ログラム)が、選択機能を持ち、人間と人造物にのみ作用するエネルギー弾を発射して破壊活動を始めていた。連合空軍の攻撃も空しく、南アメリカはあっという間に地球人以外の力に侵略されてしまったのである。

UFOとの遭遇以来、ブライアンとさやかはその潜在的な力により、2人の精神を集中して認識域を拡大しようとしていた。2人は、ゼビウスから脱出した「シオ・ナイト」にテレポートし「ムー」と「イヴ」からこれまでの戦いの歴史を聞くのであった。

第一空軍で戦闘を続ける「J.P」と「デビット・ウッド」はビートルを追うが、ビートルのものより高速で大きなエネルギー弾により撃墜させられてしまう。このエネルギー弾の本体を追った「デビット」の前には、5つのドームが並んだようなもの(コードネーム=ドームアレイ:ボザログラム)が現れて行く手を阻むのだった。墜落中に意識を失った「J.P」はイヴに助けられ、「ガンプ」の攻撃を知らされる。

なす術を無くしていた連合軍にとって「ムー」は救世主であった。彼らがゼビウスより持ち帰った技術により「ソル・バルウ」(ムーたちの時代の言葉で「太陽の鳥」即ち不死鳥)計画が進行し、ラスコのマトリクスを持った者が軍に集められていった。

ミサトやケイのマトリクスを受け継いだ「パット・マクナリー」も、その1人として軍に微用された。

ソル・バルウ計画は、「ガンプ」のレプリカのある星が6つとも直交する「ヘキサクロス」までに、ゼビウス軍の橋頭堡を破壊して南アメリカを制圧する計画であった。この為にパットの手によって「イヴ」をシステムの中枢として流用したコンピュータ「ブリターク」が作り出された。またブライアンとさやかの意識集合体がESPキャップ(ESPを集中して固定化したもの。外部から意志を働かせる事によりESPが放出される)を作り出せるほどに成長し、「ブリターク」の能力をより増大させていった。

第一空隊として戦い続けていた「アレン」と「J.P」はやがて撃墜されてしまうが、予想以上に進歩した「ブリターク」のESP機能によってテレポート生還する。戦闘機「ソル・バルウ」も数機が完成し、アレン、J.P、ムーの3人がパイロットとして出撃した。「ガンプ」が人間支配を開始してから一万数千年の時を経て、人類は初めて「ガンプ」に勝利する可能性を持つに至ったのだ。

3機のソル・バルウの発進を前に、「ブリターク」から外されたイヴは1人愛機「イル・ユース」の仇を撃つ為無断発進していく。コクピットの中でイヴは「ケイ」に「ミサト」に「アッシュ」に、「ガンプ」の野望を打ち砕く事を誓うのだった。

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吾輩は猫である

夏目漱石

吾輩わがはいは猫である。名前はまだ無い。

どこで生れたかとんと見当けんとうがつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪どうあくな種族であったそうだ。この書生というのは時々我々をつかまえてて食うという話である。しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。ただ彼のてのひらに載せられてスーと持ち上げられた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。掌の上で少し落ちついて書生の顔を見たのがいわゆる人間というものの見始みはじめであろう。この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。第一毛をもって装飾されべきはずの顔がつるつるしてまるで薬缶やかんだ。その猫にもだいぶったがこんな片輪かたわには一度も出会でくわした事がない。のみならず顔の真中があまりに突起している。そうしてその穴の中から時々ぷうぷうとけむりを吹く。どうもせぽくて実に弱った。これが人間の飲む煙草たばこというものである事はようやくこの頃知った。

この書生の掌のうちでしばらくはよい心持に坐っておったが、しばらくすると非常な速力で運転し始めた。書生が動くのか自分だけが動くのか分らないが無暗むやみに眼が廻る。胸が悪くなる。到底とうてい助からないと思っていると、どさりと音がして眼から火が出た。それまでは記憶しているがあとは何の事やらいくら考え出そうとしても分らない。

ふと気が付いて見ると書生はいない。たくさんおった兄弟が一ぴきも見えぬ。肝心かんじんの母親さえ姿を隠してしまった。その上いままでの所とは違って無暗むやみに明るい。眼を明いていられぬくらいだ。はてな何でも容子ようすがおかしいと、のそのそい出して見ると非常に痛い。吾輩はわらの上から急に笹原の中へ棄てられたのである。

ようやくの思いで笹原を這い出すと向うに大きな池がある。吾輩は池の前に坐ってどうしたらよかろうと考えて見た。別にこれという分別ふんべつも出ない。しばらくして泣いたら書生がまた迎に来てくれるかと考え付いた。ニャー、ニャーと試みにやって見たが誰も来ない。そのうち池の上をさらさらと風が渡って日が暮れかかる。腹が非常に減って来た。泣きたくても声が出ない。仕方がない、何でもよいから食物くいもののある所まであるこうと決心をしてそろりそろりと池をひだりに廻り始めた。どうも非常に苦しい。そこを我慢して無理やりにって行くとようやくの事で何となく人間臭い所へ出た。ここへ這入はいったら、どうにかなると思って竹垣のくずれた穴から、とある邸内にもぐり込んだ。縁は不思議なもので、もしこの竹垣が破れていなかったなら、吾輩はついに路傍ろぼう餓死がししたかも知れんのである。一樹の蔭とはよくったものだ。この垣根の穴は今日こんにちに至るまで吾輩が隣家となりの三毛を訪問する時の通路になっている。さてやしきへは忍び込んだもののこれから先どうしていか分らない。そのうちに暗くなる、腹は減る、寒さは寒し、雨が降って来るという始末でもう一刻の猶予ゆうよが出来なくなった。仕方がないからとにかく明るくて暖かそうな方へ方へとあるいて行く。今から考えるとその時はすでに家の内に這入っておったのだ。ここで吾輩はの書生以外の人間を再び見るべき機会に遭遇そうぐうしたのである。第一に逢ったのがおさんである。これは前の書生より一層乱暴な方で吾輩を見るや否やいきなり頸筋くびすじをつかんで表へほうり出した。いやこれは駄目だと思ったから眼をねぶって運を天に任せていた。しかしひもじいのと寒いのにはどうしても我慢が出来ん。吾輩は再びおさんのすきを見て台所へあがった。すると間もなくまた投げ出された。吾輩は投げ出されては這い上り、這い上っては投げ出され、何でも同じ事を四五遍繰り返したのを記憶している。その時におさんと云う者はつくづくいやになった。この間おさんの三馬さんまぬすんでこの返報をしてやってから、やっと胸のつかえが下りた。吾輩が最後につまみ出されようとしたときに、このうちの主人が騒々しい何だといいながら出て来た。下女は吾輩をぶら下げて主人の方へ向けてこの宿やどなしの小猫がいくら出しても出しても御台所おだいどころあがって来て困りますという。主人は鼻の下の黒い毛をひねりながら吾輩の顔をしばらくながめておったが、やがてそんなら内へ置いてやれといったまま奥へ這入はいってしまった。主人はあまり口を聞かぬ人と見えた。下女は口惜くやしそうに吾輩を台所へほうり出した。かくして吾輩はついにこのうちを自分の住家すみかめる事にしたのである。

吾輩の主人は滅多めったに吾輩と顔を合せる事がない。職業は教師だそうだ。学校から帰ると終日書斎に這入ったぎりほとんど出て来る事がない。家のものは大変な勉強家だと思っている。当人も勉強家であるかのごとく見せている。しかし実際はうちのものがいうような勤勉家ではない。吾輩は時々忍び足に彼の書斎をのぞいて見るが、彼はよく昼寝ひるねをしている事がある。時々読みかけてある本の上によだれをたらしている。彼は胃弱で皮膚の色が淡黄色たんこうしょくを帯びて弾力のない不活溌ふかっぱつな徴候をあらわしている。その癖に大飯を食う。大飯を食ったあとでタカジヤスターゼを飲む。飲んだ後で書物をひろげる。二三ページ読むと眠くなる。涎を本の上へ垂らす。これが彼の毎夜繰り返す日課である。吾輩は猫ながら時々考える事がある。教師というものは実にらくなものだ。人間と生れたら教師となるに限る。こんなに寝ていて勤まるものなら猫にでも出来ぬ事はないと。それでも主人に云わせると教師ほどつらいものはないそうで彼は友達が来るたびに何とかかんとか不平を鳴らしている。

吾輩がこの家へ住み込んだ当時は、主人以外のものにははなはだ不人望であった。どこへ行ってもね付けられて相手にしてくれ手がなかった。いかに珍重されなかったかは、今日こんにちに至るまで名前さえつけてくれないのでも分る。吾輩は仕方がないから、出来得る限り吾輩を入れてくれた主人のそばにいる事をつとめた。朝主人が新聞を読むときは必ず彼のひざの上に乗る。彼が昼寝をするときは必ずその背中せなかに乗る。これはあながち主人が好きという訳ではないが別に構い手がなかったからやむを得んのである。その後いろいろ経験の上、朝は飯櫃めしびつの上、夜は炬燵こたつの上、天気のよい昼は椽側えんがわへ寝る事とした。しかし一番心持の好いのはってここのうちの小供の寝床へもぐり込んでいっしょにねる事である。この小供というのは五つと三つで夜になると二人が一つ床へはいって一間ひとまへ寝る。吾輩はいつでも彼等の中間におのれをるべき余地を見出みいだしてどうにか、こうにか割り込むのであるが、運悪く小供の一人が眼をますが最後大変な事になる。小供は――ことに小さい方がたちがわるい――猫が来た猫が来たといって夜中でも何でも大きな声で泣き出すのである。すると例の神経胃弱性の主人はかならず眼をさまして次の部屋から飛び出してくる。現にせんだってなどは物指ものさしで尻ぺたをひどくたたかれた。

吾輩は人間と同居して彼等を観察すればするほど、彼等は我儘わがままなものだと断言せざるを得ないようになった。ことに吾輩が時々同衾どうきんする小供のごときに至っては言語同断ごんごどうだんである。自分の勝手な時は人を逆さにしたり、頭へ袋をかぶせたり、ほうり出したり、へっついの中へ押し込んだりする。しかも吾輩の方で少しでも手出しをしようものなら家内かない総がかりで追い廻して迫害を加える。この間もちょっと畳で爪をいだら細君が非常におこってそれから容易に座敷へれない。台所の板の間でひとふるえていても一向いっこう平気なものである。吾輩の尊敬する筋向すじむこうの白君などは度毎たびごとに人間ほど不人情なものはないと言っておらるる。白君は先日玉のような子猫を四疋まれたのである。ところがそこのうちの書生が三日目にそいつを裏の池へ持って行って四疋ながら棄てて来たそうだ。白君は涙を流してその一部始終を話した上、どうしても我等猫族ねこぞくが親子の愛をまったくして美しい家族的生活をするには人間と戦ってこれを剿滅そうめつせねばならぬといわれた。一々もっともの議論と思う。また隣りの三毛みけ君などは人間が所有権という事を解していないといっておおいに憤慨している。元来我々同族間では目刺めざしの頭でもぼらへそでも一番先に見付けたものがこれを食う権利があるものとなっている。もし相手がこの規約を守らなければ腕力に訴えていくらいのものだ。しかるに彼等人間はごうもこの観念がないと見えて我等が見付けた御馳走は必ず彼等のために掠奪りゃくだつせらるるのである。彼等はその強力を頼んで正当に吾人が食い得べきものをうばってすましている。白君は軍人の家におり三毛君は代言の主人を持っている。吾輩は教師の家に住んでいるだけ、こんな事に関すると両君よりもむしろ楽天である。ただその日その日がどうにかこうにか送られればよい。いくら人間だって、そういつまでも栄える事もあるまい。まあ気を永く猫の時節を待つがよかろう。

我儘わがままで思い出したからちょっと吾輩の家の主人がこの我儘で失敗した話をしよう。元来この主人は何といって人にすぐれて出来る事もないが、何にでもよく手を出したがる。俳句をやってほととぎすへ投書をしたり、新体詩を明星へ出したり、間違いだらけの英文をかいたり、時によると弓にったり、うたいを習ったり、またあるときはヴァイオリンなどをブーブー鳴らしたりするが、気の毒な事には、どれもこれも物になっておらん。その癖やり出すと胃弱の癖にいやに熱心だ。後架こうかの中で謡をうたって、近所で後架先生こうかせんせい渾名あだなをつけられているにも関せず一向いっこう平気なもので、やはりこれはたいら宗盛むねもりにてそうろうを繰返している。みんながそら宗盛だと吹き出すくらいである。この主人がどういう考になったものか吾輩の住み込んでから一月ばかりのちのある月の月給日に、大きな包みをげてあわただしく帰って来た。何を買って来たのかと思うと水彩絵具と毛筆とワットマンという紙で今日から謡や俳句をやめて絵をかく決心と見えた。果して翌日から当分の間というものは毎日毎日書斎で昼寝もしないで絵ばかりかいている。しかしそのかき上げたものを見ると何をかいたものやら誰にも鑑定がつかない。当人もあまりうまくないと思ったものか、ある日その友人で美学とかをやっている人が来た時にしものような話をしているのを聞いた。
「どうもうまくかけないものだね。人のを見ると何でもないようだがみずから筆をとって見ると今更いまさらのようにむずかしく感ずる」これは主人の述懐じゅっかいである。なるほどいつわりのない処だ。彼の友は金縁の眼鏡越めがねごしに主人の顔を見ながら、「そう初めから上手にはかけないさ、第一室内の想像ばかりでがかける訳のものではない。むか以太利イタリーの大家アンドレア・デル・サルトが言った事がある。画をかくなら何でも自然その物を写せ。天に星辰せいしんあり。地に露華ろかあり。飛ぶにとりあり。走るにけものあり。池に金魚あり。枯木こぼく寒鴉かんああり。自然はこれ一幅の大活画だいかつがなりと。どうだ君も画らしい画をかこうと思うならちと写生をしたら」
「へえアンドレア・デル・サルトがそんな事をいった事があるかい。ちっとも知らなかった。なるほどこりゃもっともだ。実にその通りだ」と主人は無暗むやみに感心している。金縁の裏にはあざけるようなわらいが見えた。

その翌日吾輩は例のごとく椽側えんがわに出て心持善く昼寝ひるねをしていたら、主人が例になく書斎から出て来て吾輩のうしろで何かしきりにやっている。ふと眼がめて何をしているかと一分いちぶばかり細目に眼をあけて見ると、彼は余念もなくアンドレア・デル・サルトをめ込んでいる。吾輩はこの有様を見て覚えず失笑するのを禁じ得なかった。彼は彼の友に揶揄やゆせられたる結果としてまず手初めに吾輩を写生しつつあるのである。吾輩はすでに十分じゅうぶん寝た。欠伸あくびがしたくてたまらない。しかしせっかく主人が熱心に筆をっているのを動いては気の毒だと思って、じっと辛棒しんぼうしておった。彼は今吾輩の輪廓をかき上げて顔のあたりを色彩いろどっている。吾輩は自白する。吾輩は猫として決して上乗の出来ではない。背といい毛並といい顔の造作といいあえて他の猫にまさるとは決して思っておらん。しかしいくら不器量の吾輩でも、今吾輩の主人にえがき出されつつあるような妙な姿とは、どうしても思われない。第一色が違う。吾輩は波斯産ペルシャさんの猫のごとく黄を含める淡灰色にうるしのごとき斑入ふいりの皮膚を有している。これだけは誰が見ても疑うべからざる事実と思う。しかるに今主人の彩色を見ると、黄でもなければ黒でもない、灰色でもなければ褐色とびいろでもない、さればとてこれらを交ぜた色でもない。ただ一種の色であるというよりほかに評し方のない色である。その上不思議な事は眼がない。もっともこれは寝ているところを写生したのだから無理もないが眼らしい所さえ見えないから盲猫めくらだか寝ている猫だか判然しないのである。吾輩は心中ひそかにいくらアンドレア・デル・サルトでもこれではしようがないと思った。しかしその熱心には感服せざるを得ない。なるべくなら動かずにおってやりたいと思ったが、さっきから小便が催うしている。身内みうちの筋肉はむずむずする。最早もはや一分も猶予ゆうよが出来ぬ仕儀しぎとなったから、やむをえず失敬して両足を前へ存分のして、首を低く押し出してあーあとだいなる欠伸をした。さてこうなって見ると、もうおとなしくしていても仕方がない。どうせ主人の予定はわしたのだから、ついでに裏へ行って用をそうと思ってのそのそ這い出した。すると主人は失望と怒りをき交ぜたような声をして、座敷の中から「この馬鹿野郎」と怒鳴どなった。この主人は人をののしるときは必ず馬鹿野郎というのが癖である。ほかに悪口の言いようを知らないのだから仕方がないが、今まで辛棒した人の気も知らないで、無暗むやみに馬鹿野郎よばわりは失敬だと思う。それも平生吾輩が彼の背中せなかへ乗る時に少しは好い顔でもするならこの漫罵まんばも甘んじて受けるが、こっちの便利になる事は何一つ快くしてくれた事もないのに、小便に立ったのを馬鹿野郎とはひどい。元来人間というものは自己の力量に慢じてみんな増長している。少し人間より強いものが出て来ていじめてやらなくてはこの先どこまで増長するか分らない。

我儘わがままもこのくらいなら我慢するが吾輩は人間の不徳についてこれよりも数倍悲しむべき報道を耳にした事がある。

吾輩の家の裏に十坪ばかりの茶園ちゃえんがある。広くはないが瀟洒さっぱりとした心持ち好く日のあたる所だ。うちの小供があまり騒いで楽々昼寝の出来ない時や、あまり退屈で腹加減のよくない折などは、吾輩はいつでもここへ出て浩然こうぜんの気を養うのが例である。ある小春の穏かな日の二時頃であったが、吾輩は昼飯後ちゅうはんご快よく一睡したのち、運動かたがたこの茶園へとを運ばした。茶の木の根を一本一本嗅ぎながら、西側の杉垣のそばまでくると、枯菊を押し倒してその上に大きな猫が前後不覚に寝ている。彼は吾輩の近づくのも一向いっこう心付かざるごとく、また心付くも無頓着なるごとく、大きないびきをして長々と体をよこたえて眠っている。ひとの庭内に忍び入りたるものがかくまで平気にねむられるものかと、吾輩はひそかにその大胆なる度胸に驚かざるを得なかった。彼は純粋の黒猫である。わずかにを過ぎたる太陽は、透明なる光線を彼の皮膚の上にげかけて、きらきらする柔毛にこげの間より眼に見えぬ炎でもずるように思われた。彼は猫中の大王とも云うべきほどの偉大なる体格を有している。吾輩の倍はたしかにある。吾輩は嘆賞の念と、好奇の心に前後を忘れて彼の前に佇立ちょりつして余念もなくながめていると、静かなる小春の風が、杉垣の上から出たる梧桐ごとうの枝をかろく誘ってばらばらと二三枚の葉が枯菊の茂みに落ちた。大王はかっとその真丸まんまるの眼を開いた。今でも記憶している。その眼は人間の珍重する琥珀こはくというものよりもはるかに美しく輝いていた。彼は身動きもしない。双眸そうぼうの奥から射るごとき光を吾輩の矮小わいしょうなるひたいの上にあつめて、御めえは一体何だと云った。大王にしては少々言葉がいやしいと思ったが何しろその声の底に犬をもしぐべき力がこもっているので吾輩は少なからず恐れをいだいた。しかし挨拶あいさつをしないと険呑けんのんだと思ったから「吾輩は猫である。名前はまだない」となるべく平気をよそおって冷然と答えた。しかしこの時吾輩の心臓はたしかに平時よりも烈しく鼓動しておった。彼はおおい軽蔑けいべつせる調子で「何、猫だ? 猫が聞いてあきれらあ。ぜんてえどこに住んでるんだ」随分傍若無人ぼうじゃくぶじんである。「吾輩はここの教師のうちにいるのだ」「どうせそんな事だろうと思った。いやにせてるじゃねえか」と大王だけに気焔きえんを吹きかける。言葉付から察するとどうも良家の猫とも思われない。しかしその膏切あぶらぎって肥満しているところを見ると御馳走を食ってるらしい、豊かに暮しているらしい。吾輩は「そう云う君は一体誰だい」と聞かざるを得なかった。「れあ車屋のくろよ」昂然こうぜんたるものだ。車屋の黒はこの近辺で知らぬ者なき乱暴猫である。しかし車屋だけに強いばかりでちっとも教育がないからあまり誰も交際しない。同盟敬遠主義のまとになっている奴だ。吾輩は彼の名を聞いて少々尻こそばゆき感じを起すと同時に、一方では少々軽侮けいぶの念も生じたのである。吾輩はまず彼がどのくらい無学であるかをためしてみようと思っての問答をして見た。
「一体車屋と教師とはどっちがえらいだろう」
「車屋の方が強いにきまっていらあな。御めえうちの主人を見ねえ、まるで骨と皮ばかりだぜ」
「君も車屋の猫だけに大分だいぶ強そうだ。車屋にいると御馳走ごちそうが食えると見えるね」
なあおれなんざ、どこの国へ行ったって食い物に不自由はしねえつもりだ。御めえなんかも茶畠ちゃばたけばかりぐるぐる廻っていねえで、ちっとおれあとへくっ付いて来て見ねえ。一と月とたたねえうちに見違えるように太れるぜ」
「追ってそう願う事にしよう。しかしうちは教師の方が車屋より大きいのに住んでいるように思われる」
箆棒べらぼうめ、うちなんかいくら大きくたって腹のしになるもんか」

彼はおおい肝癪かんしゃくさわった様子で、寒竹かんちくをそいだような耳をしきりとぴく付かせてあららかに立ち去った。吾輩が車屋の黒と知己ちきになったのはこれからである。

その吾輩は度々たびたび黒と邂逅かいこうする。邂逅するごとに彼は車屋相当の気焔きえんを吐く。先に吾輩が耳にしたという不徳事件も実は黒から聞いたのである。

或る日例のごとく吾輩と黒は暖かい茶畠ちゃばたけの中で寝転ねころびながらいろいろ雑談をしていると、彼はいつもの自慢話じまんばなしをさも新しそうに繰り返したあとで、吾輩に向ってしものごとく質問した。「御めえは今までに鼠を何匹とった事がある」智識は黒よりも余程発達しているつもりだが腕力と勇気とに至っては到底とうてい黒の比較にはならないと覚悟はしていたものの、この問に接したる時は、さすがにきまりがくはなかった。けれども事実は事実でいつわる訳には行かないから、吾輩は「実はとろうとろうと思ってまだらない」と答えた。黒は彼の鼻の先からぴんと突張つっぱっている長いひげをびりびりとふるわせて非常に笑った。元来黒は自慢をするだけにどこか足りないところがあって、彼の気焔きえんを感心したように咽喉のどをころころ鳴らして謹聴していればはなはだぎょしやすい猫である。吾輩は彼と近付になってからすぐにこの呼吸を飲み込んだからこの場合にもなまじいおのれを弁護してますます形勢をわるくするのもである、いっその事彼に自分の手柄話をしゃべらして御茶を濁すにくはないと思案をさだめた。そこでおとなしく「君などは年が年であるから大分だいぶんとったろう」とそそのかして見た。果然彼は墻壁しょうへき欠所けっしょ吶喊とっかんして来た。「たんとでもねえが三四十はとったろう」とは得意気なる彼の答であった。彼はなお語をつづけて「鼠の百や二百は一人でいつでも引き受けるがいたちってえ奴は手に合わねえ。一度いたちに向ってひどい目にった」「へえなるほど」と相槌あいづちを打つ。黒は大きな眼をぱちつかせて云う。「去年の大掃除の時だ。うちの亭主が石灰いしばいの袋を持ってえんの下へい込んだら御めえ大きないたちの野郎が面喰めんくらって飛び出したと思いねえ」「ふん」と感心して見せる。「いたちってけども何鼠の少し大きいぐれえのものだ。こん畜生ちきしょうって気で追っかけてとうとう泥溝どぶの中へ追い込んだと思いねえ」「うまくやったね」と喝采かっさいしてやる。「ところが御めえいざってえ段になると奴め最後さいごをこきゃがった。くせえの臭くねえのってそれからってえものはいたちを見ると胸が悪くならあ」彼はここに至ってあたかも去年の臭気をいまなお感ずるごとく前足を揚げて鼻の頭を二三遍なで廻わした。吾輩も少々気の毒な感じがする。ちっと景気を付けてやろうと思って「しかし鼠なら君ににらまれては百年目だろう。君はあまり鼠をるのが名人で鼠ばかり食うものだからそんなに肥って色つやが善いのだろう」黒の御機嫌をとるためのこの質問は不思議にも反対の結果を呈出ていしゅつした。彼は喟然きぜんとして大息たいそくしていう。「かんげえるとつまらねえ。いくら稼いで鼠をとったって――一てえ人間ほどふてえ奴は世の中にいねえぜ。人のとった鼠をみんな取り上げやがって交番へ持って行きゃあがる。交番じゃ誰がったか分らねえからそのたんびに五銭ずつくれるじゃねえか。うちの亭主なんかおれの御蔭でもう壱円五十銭くらいもうけていやがる癖に、ろくなものを食わせた事もありゃしねえ。おい人間てものあていい泥棒だぜ」さすが無学の黒もこのくらいの理窟りくつはわかると見えてすこぶるおこった容子ようすで背中の毛を逆立さかだてている。吾輩は少々気味が悪くなったから善い加減にその場を胡魔化ごまかしてうちへ帰った。この時から吾輩は決して鼠をとるまいと決心した。しかし黒の子分になって鼠以外の御馳走をあさってあるく事もしなかった。御馳走を食うよりも寝ていた方が気楽でいい。教師のうちにいると猫も教師のような性質になると見える。要心しないと今に胃弱になるかも知れない。

教師といえば吾輩の主人も近頃に至っては到底とうてい水彩画においてのぞみのない事を悟ったものと見えて十二月一日の日記にこんな事をかきつけた。

○○と云う人に今日の会で始めて出逢であった。あの人は大分だいぶ放蕩ほうとうをした人だと云うがなるほど通人つうじんらしい風采ふうさいをしている。こう云うたちの人は女に好かれるものだから○○が放蕩をしたと云うよりも放蕩をするべく余儀なくせられたと云うのが適当であろう。あの人の妻君は芸者だそうだ、うらやましい事である。元来放蕩家を悪くいう人の大部分は放蕩をする資格のないものが多い。また放蕩家をもって自任する連中のうちにも、放蕩する資格のないものが多い。これらは余儀なくされないのに無理に進んでやるのである。あたかも吾輩の水彩画に於けるがごときもので到底卒業する気づかいはない。しかるにも関せず、自分だけは通人だと思ってすましている。料理屋の酒を飲んだり待合へ這入はいるから通人となり得るという論が立つなら、吾輩も一廉ひとかどの水彩画家になり得る理窟りくつだ。吾輩の水彩画のごときはかかない方がましであると同じように、愚昧ぐまいなる通人よりも山出しの大野暮おおやぼの方がはるかに上等だ。

通人論つうじんろんはちょっと首肯しゅこうしかねる。また芸者の妻君を羨しいなどというところは教師としては口にすべからざる愚劣の考であるが、自己の水彩画における批評眼だけはたしかなものだ。主人はかくのごとく自知じちめいあるにも関せずその自惚心うぬぼれしんはなかなか抜けない。中二日なかふつか置いて十二月四日の日記にこんな事を書いている。

昨夜ゆうべは僕が水彩画をかいて到底物にならんと思って、そこらにほうって置いたのを誰かが立派な額にして欄間らんまけてくれた夢を見た。さて額になったところを見ると我ながら急に上手になった。非常に嬉しい。これなら立派なものだとひとりで眺め暮らしていると、夜が明けて眼がめてやはり元の通り下手である事が朝日と共に明瞭になってしまった。

主人は夢のうちまで水彩画の未練を背負しょってあるいていると見える。これでは水彩画家は無論夫子ふうし所謂いわゆる通人にもなれないたちだ。

主人が水彩画を夢に見た翌日例の金縁眼鏡めがねの美学者が久し振りで主人を訪問した。彼は座につくと劈頭へきとう第一に「はどうかね」と口を切った。主人は平気な顔をして「君の忠告に従って写生をつとめているが、なるほど写生をすると今まで気のつかなかった物の形や、色の精細な変化などがよく分るようだ。西洋ではむかしから写生を主張した結果今日こんにちのように発達したものと思われる。さすがアンドレア・デル・サルトだ」と日記の事はおくびにも出さないで、またアンドレア・デル・サルトに感心する。美学者は笑いながら「実は君、あれは出鱈目でたらめだよ」と頭をく。「何が」と主人はまだいつわられた事に気がつかない。「何がって君のしきりに感服しているアンドレア・デル・サルトさ。あれは僕のちょっと捏造ねつぞうした話だ。君がそんなに真面目まじめに信じようとは思わなかったハハハハ」と大喜悦のていである。吾輩は椽側でこの対話を聞いて彼の今日の日記にはいかなる事がしるさるるであろうかとあらかじめ想像せざるを得なかった。この美学者はこんないい加減な事を吹き散らして人をかつぐのを唯一のたのしみにしている男である。彼はアンドレア・デル・サルト事件が主人の情線じょうせんにいかなる響を伝えたかをごうも顧慮せざるもののごとく得意になってしものような事を饒舌しゃべった。「いや時々冗談じょうだんを言うと人がに受けるのでおおい滑稽的こっけいてき美感を挑撥ちょうはつするのは面白い。せんだってある学生にニコラス・ニックルベーがギボンに忠告して彼の一世の大著述なる仏国革命史を仏語で書くのをやめにして英文で出版させたと言ったら、その学生がまた馬鹿に記憶の善い男で、日本文学会の演説会で真面目に僕の話した通りを繰り返したのは滑稽であった。ところがその時の傍聴者は約百名ばかりであったが、皆熱心にそれを傾聴しておった。それからまだ面白い話がある。せんだって或る文学者のいる席でハリソンの歴史小説セオファーノのはなしが出たから僕はあれは歴史小説のうち白眉はくびである。ことに女主人公が死ぬところは鬼気きき人を襲うようだと評したら、僕の向うに坐っている知らんと云った事のない先生が、そうそうあすこは実に名文だといった。それで僕はこの男もやはり僕同様この小説を読んでおらないという事を知った」神経胃弱性の主人は眼を丸くして問いかけた。「そんな出鱈目でたらめをいってもし相手が読んでいたらどうするつもりだ」あたかも人をあざむくのは差支さしつかえない、ただばけかわがあらわれた時は困るじゃないかと感じたもののごとくである。美学者は少しも動じない。「なにそのときゃ別の本と間違えたとか何とか云うばかりさ」と云ってけらけら笑っている。この美学者は金縁の眼鏡は掛けているがその性質が車屋の黒に似たところがある。主人は黙って日の出を輪に吹いて吾輩にはそんな勇気はないと云わんばかりの顔をしている。美学者はそれだからをかいても駄目だという目付で「しかし冗談じょうだんは冗談だが画というものは実際むずかしいものだよ、レオナルド・ダ・ヴィンチは門下生に寺院の壁のしみを写せと教えた事があるそうだ。なるほど雪隠せついんなどに這入はいって雨の漏る壁を余念なく眺めていると、なかなかうまい模様画が自然に出来ているぜ。君注意して写生して見給えきっと面白いものが出来るから」「まただますのだろう」「いえこれだけはたしかだよ。実際奇警な語じゃないか、ダ・ヴィンチでもいいそうな事だあね」「なるほど奇警には相違ないな」と主人は半分降参をした。しかし彼はまだ雪隠で写生はせぬようだ。

車屋の黒はそのびっこになった。彼の光沢ある毛は漸々だんだん色がめて抜けて来る。吾輩が琥珀こはくよりも美しいと評した彼の眼には眼脂めやにが一杯たまっている。ことに著るしく吾輩の注意をいたのは彼の元気の消沈とその体格の悪くなった事である。吾輩が例の茶園ちゃえんで彼に逢った最後の日、どうだと云って尋ねたら「いたち最後屁さいごっぺ肴屋さかなや天秤棒てんびんぼうには懲々こりごりだ」といった。

赤松の間に二三段のこうを綴った紅葉こうようむかしの夢のごとく散ってつくばいに近く代る代る花弁はなびらをこぼした紅白こうはく山茶花さざんかも残りなく落ち尽した。三間半の南向の椽側に冬の日脚が早く傾いて木枯こがらしの吹かない日はほとんどまれになってから吾輩の昼寝の時間もせばめられたような気がする。

主人は毎日学校へ行く。帰ると書斎へ立てこもる。人が来ると、教師がいやだ厭だという。水彩画も滅多にかかない。タカジヤスターゼも功能がないといってやめてしまった。小供は感心に休まないで幼稚園へかよう。帰ると唱歌を歌って、まりをついて、時々吾輩を尻尾しっぽでぶら下げる。

吾輩は御馳走ごちそうも食わないから別段ふとりもしないが、まずまず健康でびっこにもならずにその日その日を暮している。鼠は決して取らない。おさんはいまだにきらいである。名前はまだつけてくれないが、欲をいっても際限がないから生涯しょうがいこの教師のうちで無名の猫で終るつもりだ。

「一体車屋と教師とはどっちがえらいだろう」
「車屋の方が強いにきまっていらあな。御めえうちの主人を見ねえ、まるで骨と皮ばかりだぜ」
「君も車屋の猫だけに大分だいぶ強そうだ。車屋にいると御馳走ごちそうが食えると見えるね」
なあおれなんざ、どこの国へ行ったって食い物に不自由はしねえつもりだ。御めえなんかも茶畠ちゃばたけばかりぐるぐる廻っていねえで、ちっとおれあとへくっ付いて来て見ねえ。一と月とたたねえうちに見違えるように太れるぜ」
「追ってそう願う事にしよう。しかしうちは教師の方が車屋より大きいのに住んでいるように思われる」
箆棒べらぼうめ、うちなんかいくら大きくたって腹のしになるもんか」

CSS Writing Modes Level 3text-orientationUnicodeの合成文字による囲み文字あり)
sup要素: 上付き文字(縦書きでは右付きになる)
ruby要素でruby baseと同じ行内のsub要素の標準位置にrt要素を表示

ウイルス2⃣1⃣ラテン Virus】

①最も簡単な微生物の一種。核酸としてDNARNAのいずれかをもち,タンパク質の外殻で包まれている。動物・植物・細菌を宿主とし,その生合成経路を利用して増殖するものが多い。濾過ろか性病原体。ウィルス。ビールス。バイラス。

②⇒ コンピューター-ウイルス

ウイルス2⃣1⃣ラテン Virus】

濾過ろか性病原体。